現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別

なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?

評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。

読解で大切なのは、以下の点です。

  1. 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
  2. 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。

設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。

それでは、具体的な問題で見ていきましょう。

問題

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

近年、ミニマリズムという生活様式が注目を集めている。これは、所有するモノを最小限に抑え、シンプルな暮らしを目指すという具体的なライフスタイルである。部屋から不要な家具や衣類を徹底的に排除し、数少ないお気に入りの品々に囲まれて生活する。こうした実践は、物理的な空間の広がりや掃除の容易さ、経済的な節約といった目に見える効果をもたらす。しかし、ミニマリズムの本質は、単にモノを減らすという行為そのものにあるのではない。むしろ、モノを厳選する過程で、自分にとって本当に大切なものは何か、何があれば心豊かに生きられるのかという自己の内面と向き合う機会を得ることにある。モノへの執着を手放すことで、私たちは時間やエネルギーを、より創造的な活動や人との繋がりに振り向けることができるようになる。つまり、ミニマリズムとは、物理的な「少なさ」を通じて、精神的な「豊かさ」や「自由」、そして「本質的な価値への気づき」といった抽象的な境地に至るための手段なのである。それは、消費社会の喧騒から一歩離れ、自己を見つめ直すための積極的な選択と言えるだろう。

問1 この文章で筆者が考える「ミニマリズムの本質」とは何か。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。

部屋の不要な物を徹底的に排除し、最小限のモノで生活することで得られる物理的な快適さや経済的な節約。

モノを厳選する過程で自己と向き合い、物理的な少なさから精神的な豊かさや本質的な価値への気づきを得ること。

モノへの執着を手放し、時間やエネルギーを趣味や人との交流といった創造的な活動に振り向けること。

消費社会の喧騒から距離を置き、シンプルな生活様式を選択することで、社会に対する新たな視点を持つこと。

解答・解説

正解:イ (←選択後に表示されます)

1. 本文の分析:具体と抽象の区別

まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。

具体的な要素(ミニマリズムの実践と表面的効果):
  • ミニマリズム:所有するモノを最小限に抑え、シンプルな暮らしを目指す。(具体的なライフスタイルの定義)
  • 実践例:不要な家具や衣類を排除し、数少ない品々で生活する。(具体的な行動)
  • 目に見える効果:物理的な空間の広がり、掃除の容易さ、経済的な節約。(具体的なメリット)

抽象的な要素(ミニマリズムの本質と筆者の主張):
  • ミニマリズムの本質は、単にモノを減らす行為そのものではない。(表面的な理解の否定)
  • 本質:モノを厳選する過程で、自分にとって大切なものは何か、何があれば心豊かに生きられるのかという「自己の内面と向き合う機会」を得ること。(筆者の考えるミニマリズムの抽象的な本質・プロセス)
  • モノへの執着を手放すことで、時間やエネルギーを創造的活動や人との繋がりに振り向けられるようになる。(抽象的な効果・可能性)
  • 結論:ミニマリズムとは、物理的な「少なさ」を通じて、精神的な「豊かさ」や「自由」、「本質的な価値への気づき」といった「抽象的な境地に至るための手段」である。(筆者の最終的な主張・ミニマリズムの抽象的な定義と目的)
  • それは、消費社会から離れ、自己を見つめ直す積極的な選択。(ミニマリズムの抽象的な位置づけ)

構造のポイント:

筆者は、まずミニマリズムの具体的な実践方法とその目に見える効果を紹介します。「しかし」と転換し、その本質は具体的な行為にあるのではなく、むしろ「自己の内面と向き合う」という抽象的なプロセスにあると主張します。そして最終的に、ミニマリズムを「物理的な少なさ(具体)」を通じて「精神的な豊かさ(抽象)」や「本質的価値への気づき(抽象)」に至るための手段であると、より高次の抽象的なレベルで定義し直しています。

2. 設問(問1)の解説

設問は「筆者が考える『ミニマリズムの本質』とは何か」を問うており、これは本文中で筆者が「本質は~にあるのではない。むしろ~にある」や「つまり~なのである」といった形で提示している抽象的な核心部分に対応します。

ア 部屋の不要な物を徹底的に排除し、最小限のモノで生活することで得られる物理的な快適さや経済的な節約。

これはミニマリズムの具体的な実践とその目に見える効果であり、筆者は「ミニマリズムの本質は、単にモノを減らすという行為そのものにあるのではない」と述べているため、本質とは異なります。

イ モノを厳選する過程で自己と向き合い、物理的な少なさから精神的な豊かさや本質的な価値への気づきを得ること。

この選択肢は、筆者が「むしろ、モノを厳選する過程で~自己の内面と向き合う機会を得ることにある」「つまり、ミニマリズムとは~精神的な『豊かさ』や『自由』、そして『本質的な価値への気づき』といった抽象的な境地に至るための手段なのである」と述べている抽象的な本質を的確に捉えています。「自己と向き合う(抽象的プロセス)」と「精神的豊かさ・価値への気づき(抽象的結果)」が核心です。これが正解です。

ウ モノへの執着を手放し、時間やエネルギーを趣味や人との交流といった創造的な活動に振り向けること。

これはミニマリズムがもたらす抽象的な効果の一つとして本文で言及されていますが、「本質」そのものではなく、本質を追求した結果として得られる可能性のある副次的な便益です。設問は「本質」を問うています。

エ 消費社会の喧騒から距離を置き、シンプルな生活様式を選択することで、社会に対する新たな視点を持つこと。

「消費社会の喧騒から一歩離れ、自己を見つめ直すための積極的な選択」という記述はありますが、これがミニマリズムの「本質」そのものというよりは、ミニマリズムという選択が持つ抽象的な位置づけや意義の一つです。選択肢イがより直接的に本質を述べています。

3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか

「本質は~ではない。むしろ~だ」の構造に注目:

筆者が具体的な表面的な理解を否定し、より深い抽象的な本質を提示する典型的な論法です。「むしろ」の後に筆者の主張の核心が現れます。

「つまり」による言い換え・結論(抽象化)を見抜く:

「つまり」は、それまでの議論(多くは具体的な説明部分的な抽象化)をまとめ、より高次の抽象的な結論や定義を導く際に用いられます。

具体的な行動と、それがもたらす抽象的な精神的変化を区別する:

「モノを減らす」という具体的な行動と、それによって得られる「自己の内面と向き合う機会」や「精神的な豊かさ」といった抽象的な精神的変化を区別し、筆者がどちらを本質と捉えているかを見極めます。

選択肢が「具体的手段」か「抽象的目的・本質」か判断する:

設問が「本質」を問うている場合、具体的な行動や目に見える効果を述べる選択肢よりも、その行動を通じて達成される内面的・抽象的な目的や価値を述べる選択肢が正解になりやすいです。

具体的なライフスタイルや行動様式の記述から、筆者がそれを通じてどのような抽象的な価値観や精神的境地を追求しているのかを読み解くことが重要です。

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