現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別

なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?

評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。

読解で大切なのは、以下の点です。

  1. 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
  2. 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。

設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。

それでは、具体的な問題で見ていきましょう。

問題

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

かつて「教育は学校で終えるもの」という観念が支配的だった時代は過ぎ去り、現代では生涯にわたる「学び直し」、すなわちリカレント教育の重要性が叫ばれている。技術革新の加速、産業構造の転換、グローバル化の進展といった具体的な社会変動は、既存の知識やスキルが陳腐化する速度を早め、個人に継続的な自己啓発を促している。オンライン講座の受講、専門学校での資格取得、大学院への再入学など、具体的な学び直しの形態は多様化し、多くの人々がキャリアアップや新たな分野への挑戦を目指してこれらに取り組んでいる。しかし、リカレント教育の意義は、単に職業能力の向上や再就職といった実利的な側面に限定されるべきではない。むしろ、変化の激しい時代において自己のアイデンティティを再構築し、新たな目標や生きがいを見出し、主体的な人生を設計していくための知的・精神的基盤を養うことこそが、その本質的な価値であると筆者は考える。学び続けるという抽象的な姿勢は、不確実な未来に対する個人の適応力を高め、結果として社会全体の活力と持続可能性にも貢献するのである。

問1 この文章で筆者が最も強調しているリカレント教育の意義は何か。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。

技術革新や産業構造の変化に対応するため、オンライン講座や専門学校で新しいスキルを習得すること。

キャリアアップや再就職を有利に進めるために、具体的な資格を取得し、職業能力を高めること。

変化する社会の中で自己のアイデンティティを再構築し、主体的な人生を設計するための知的・精神的基盤を養うこと。

生涯学習の機会が増加している現代において、個人が継続的に自己啓発に努め、社会全体の活力を維持すること。

解答・解説

正解:ウ (←選択後に表示されます)

1. 本文の分析:具体と抽象の区別

まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。

具体的な要素(リカレント教育の背景と実践):
  • リカレント教育の重要性が叫ばれる背景:技術革新、産業構造転換、グローバル化。(具体的な社会変動)
  • 既存知識・スキルの陳腐化が加速し、継続的自己啓発が促される。(具体的な状況)
  • 学び直しの具体的な形態:オンライン講座受講、専門学校での資格取得、大学院再入学。(具体的な行動例)
  • 学び直しの具体的な目的例:キャリアアップ、新たな分野への挑戦。
抽象的な要素(リカレント教育の本質的意義と筆者の主張):
  • リカレント教育の意義は、単に職業能力向上や再就職といった「実利的な側面」(具体的な成果)に限定されるべきではない。(筆者の問題提起・抽象的価値への導入)
  • むしろ、変化の激しい時代における「自己のアイデンティティ再構築」「新たな目標や生きがい発見」「主体的な人生設計のための知的・精神的基盤の養成」こそが本質的価値である。(筆者の考えるリカレント教育の抽象的な本質・目的)
  • 「学び続ける」という「抽象的な姿勢」が、不確実な未来への個人の適応力を高める。
  • 結果として、社会全体の活力と持続可能性にも貢献する。(リカレント教育がもたらすより広範な抽象的効果)

構造のポイント:

筆者は、まずリカレント教育が求められる具体的な社会的背景と、その具体的な実践形態や目的を提示します。「しかし」と転換し、その意義は具体的な実利面に留まらないと述べ、より本質的で抽象的な価値(アイデンティティ再構築、主体的人生設計の基盤養成)を強調しています。そして、「学び続ける」という抽象的な姿勢が個人と社会にもたらす抽象的な効果を結論として示しています。

2. 設問(問1)の解説

設問は「筆者が最も強調しているリカレント教育の意義」を問うており、これは本文中で筆者が「むしろ~こそが、その本質的な価値であると筆者は考える」と提示している抽象的な本質・目的に対応します。

ア 技術革新や産業構造の変化に対応するため、オンライン講座や専門学校で新しいスキルを習得すること。

これはリカレント教育の具体的な動機や手段の一つですが、筆者が最も強調している「意義」という抽象的なレベルの話ではありません。筆者はこれを「実利的な側面」の一部と捉えています。

イ キャリアアップや再就職を有利に進めるために、具体的な資格を取得し、職業能力を高めること。

これも「実利的な側面」であり、筆者は「単に~に限定されるべきではない」と述べて、これよりも本質的で抽象的な意義を強調しています。

ウ 変化する社会の中で自己のアイデンティティを再構築し、主体的な人生を設計するための知的・精神的基盤を養うこと。

この選択肢は、筆者が「むしろ~こそが、その本質的な価値であると筆者は考える」と明確に述べている抽象的な意義と完全に一致します。「アイデンティティ再構築」「主体的人生設計」「知的・精神的基盤」といったキーワードが筆者の主張の核心を捉えています。これが正解です。

エ 生涯学習の機会が増加している現代において、個人が継続的に自己啓発に努め、社会全体の活力を維持すること。

「社会全体の活力と持続可能性にも貢献する」という抽象的な効果は本文の最後に述べられていますが、これは「学び続けるという抽象的な姿勢」がもたらす結果の一つです。設問はリカレント教育の「意義」そのものを問うており、選択肢ウがより直接的に筆者の考える本質的価値を述べています。

3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか

「単に~ではない、むしろ~だ」の論理展開に注目:

筆者が具体的な事象や一般的な理解(例:実利的な側面)を一度提示し、それを超えるより本質的・抽象的な意義を強調する際によく用いられるパターンです。「むしろ」の後に筆者の真意が表れます。

具体的な行動と、それが目指す抽象的な価値を区別する:

オンライン講座受講や資格取得といった具体的な学び直しの行動と、それを通じて養われる「アイデンティティ再構築」や「主体的人生設計の基盤」といった抽象的な精神的価値を区別し、筆者がどちらをより根源的な意義として捉えているかを見極めます。

筆者の価値判断を示すキーワード(抽象語)を探す:

「本質的な価値」「知的・精神的基盤」「主体的な人生」といった抽象度の高い言葉は、筆者の価値観や主張の核心を示唆しています。

選択肢が具体的過ぎないか、抽象的過ぎないかを確認する:

筆者の主張が、具体的な行動とその先にある抽象的な意義の両方を含んでいる場合、選択肢がそのバランスを適切に反映しているかを見ます。あまりに具体的な行動のみ、あるいは漠然としすぎた抽象論のみを述べる選択肢は不適切かもしれません。

具体的な社会の動きや個人の行動の背景にある、より普遍的で抽象的な意味や価値を筆者がどのように論じているかを捉えることが、現代社会に関する評論文読解の鍵となります。

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