現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別
なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?
評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。
読解で大切なのは、以下の点です。
- 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
- 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。
設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。
それでは、具体的な問題で見ていきましょう。
問題
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
近年、ビジネスや社会問題解決の分野で「デザイン思考」というアプローチが注目されている。これは、ユーザーへの深い共感から出発し、問題の本質を定義し、多様なアイデアを発想し、迅速に試作品を作り、ユーザーからのフィードバックを得て改善を繰り返すという、一連の具体的なプロセスや手法群を指すことが多い。実際に、この手法を用いて画期的な製品やサービスが生み出されたり、複雑な社会課題に対する新たな解決策が見出されたりする具体的な成功事例も報告されている。しかし、デザイン思考の真価は、これらの具体的な手法やツールの習得、あるいは目に見える成果の達成だけに集約されるものではない。むしろ、その根底にあるのは、人間中心の視点、未知の領域への好奇心、失敗を恐れず試行錯誤を繰り返す実験的な精神、そして多様な意見を尊重し共創するマインドセットといった、より抽象的で本質的な思考様式や姿勢なのである。これらの抽象的な資質を組織や個人が内面化し、文化として醸成することこそが、表面的な手法の模倣を超えて、持続的なイノベーションを生み出し、真に複雑な問題に対峙する力を養う上で不可欠だと筆者は考える。
問1 この文章で筆者が最も重要だと考えている「デザイン思考の真価」とは何か。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。
ア共感、定義、発想、試作、検証といった具体的なプロセスを正確に実行し、効率的に成果を出すこと。
イ画期的な製品やサービスを開発したり、社会課題に対する具体的な解決策を生み出したりすること。
ウ人間中心の視点や実験的精神、共創のマインドセットといった本質的な思考様式や姿勢を内面化し、文化として醸成すること。
エデザイン思考という新しいアプローチを導入し、組織のイノベーション能力を外部にアピールすること。
解答・解説
1. 本文の分析:具体と抽象の区別
まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。
具体的な要素(デザイン思考のプロセスと成果例):
- デザイン思考のアプローチ:ユーザーへの共感、問題定義、発想、試作、フィードバック、改善。(具体的なプロセス・手法群)
- 具体的な成功事例:画期的な製品・サービスの創出、社会課題への新たな解決策。(目に見える成果の例)
抽象的な要素(デザイン思考の本質的価値と筆者の主張):
- デザイン思考の真価は、具体的な手法やツールの習得、目に見える成果の達成だけに集約されない。(表面的な理解の否定・抽象的価値への導入)
- むしろ、根底にあるのは「人間中心の視点、未知への好奇心、実験的精神、共創のマインドセット」といった「より抽象的で本質的な思考様式や姿勢」である。(筆者の考えるデザイン思考の抽象的な本質)
- これらの「抽象的な資質」を内面化し、文化として醸成することこそが、持続的イノベーションや複雑な問題解決に不可欠である。(筆者の最終的な主張・抽象的な価値の実現方法とその効果)
構造のポイント:
筆者は、まずデザイン思考の具体的なプロセスや成功事例を紹介します。「しかし」と転換し、その真価は具体的な手法や成果に留まらないと述べ、より本質的で抽象的な思考様式やマインドセットの重要性を強調しています。そして、この抽象的な資質を組織や個人が内面化し文化として育むことが、真のイノベーションに繋がると結論付けています。
2. 設問(問1)の解説
設問は「筆者が最も重要だと考えている『デザイン思考の真価』とは何か」を問うており、これは本文中で筆者が「むしろ~なのである」「~こそが~不可欠だと筆者は考える」といった形で提示している抽象的な本質・価値に対応します。
ア 共感、定義、発想、試作、検証といった具体的なプロセスを正確に実行し、効率的に成果を出すこと。
これはデザイン思考の具体的なプロセスであり、筆者は「真価は、これらの具体的な手法やツールの習得~だけに集約されるものではない」と述べているため、最も重要な真価とは異なります。
イ 画期的な製品やサービスを開発したり、社会課題に対する具体的な解決策を生み出したりすること。
これらはデザイン思考がもたらす具体的な成果の例ですが、筆者はこれも「目に見える成果の達成だけに集約されるものではない」として、より本質的・抽象的な価値を重視しています。
ウ 人間中心の視点や実験的精神、共創のマインドセットといった本質的な思考様式や姿勢を内面化し、文化として醸成すること。
この選択肢は、筆者が「むしろ、その根底にあるのは~より抽象的で本質的な思考様式や姿勢なのである」「これらの抽象的な資質を組織や個人が内面化し、文化として醸成することこそが~不可欠だと筆者は考える」と述べている抽象的な本質的価値と完全に一致します。これが正解です。
エ デザイン思考という新しいアプローチを導入し、組織のイノベーション能力を外部にアピールすること。
外部へのアピールは、デザイン思考導入の副次的な効果や動機の一つかもしれませんが、筆者が本文で論じている「真価」という内面的・本質的な価値とは異なります。筆者は「表面的な手法の模倣を超えて」と述べており、形式的な導入よりも内実を重視しています。
3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか
「しかし」「むしろ」「~こそが」に続く抽象的主張:
筆者が具体的な事象や一般的な理解を一度述べた後、これらの接続詞を用いて議論を転換・深化させ、本質的・抽象的な主張を展開するパターンに注意します。
具体的な「手法」と抽象的な「マインドセット」の区別:
デザイン思考の具体的なプロセス(手法)と、その根底にある「人間中心の視点」や「実験的精神」といった抽象的な思考様式(マインドセット)を区別し、筆者がどちらに本質的な価値を置いているかを読み取ります。
「内面化」「文化として醸成」といった抽象的な動詞に注目:
筆者が単なる行動や成果ではなく、より深く持続的な変化(抽象的な状態)を求めている場合、このような言葉が使われます。
選択肢が「具体的成果」か「抽象的本質」かを見極める:
設問が「真価」や「本質」を問うている場合、具体的な製品開発や問題解決事例を述べる選択肢よりも、それらを生み出す根源となる思考様式や姿勢、価値観といった抽象的な要素を述べる選択肢が正解になりやすいです。
具体的な手法や成功例の奥にある、筆者が最も重要と考える抽象的な理念や思考のあり方を捉えることが、現代的なアプローチを論じる文章の読解では鍵となります。