現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別
なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?
評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。
読解で大切なのは、以下の点です。
- 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
- 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。
設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。
それでは、具体的な問題で見ていきましょう。
問題
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
現代アートの展示会場に足を運ぶと、時にその奇抜な表現や難解さに戸惑うことがある。「これは一体何なのだろうか」「作者は何を伝えたいのだろうか」といった疑問が頭をよぎり、明確な答えが見つからずに鑑賞を終えてしまう経験を持つ人も少なくないだろう。確かに、インスタレーション、映像作品、パフォーマンスアートといった多様な形態を取る現代アートは、伝統的な絵画や彫刻のように一目でその技術や美しさが理解できるとは限らない。しかし、現代アートの価値は、必ずしも作者の唯一絶対の意図を正確に読み解くことや、具体的なメッセージを一方的に受け取ることにあるのではない。むしろ、作品と対峙する中で鑑賞者自身の内部に生まれる問いや感情、連想こそが重要なのである。作品の具体的な素材や色彩、形態を手がかりとしながらも、そこに自身の経験や知識、価値観を重ね合わせ、自由な解釈や対話を試みる。この能動的で開かれた鑑賞のプロセス自体が、私たちの固定観念を揺さぶり、新たな視点や思考の可能性を拓く。つまり、現代アートとは、鑑賞者に多様な解釈の自由を与え、それを通じて自己の内面と向き合い、思考を深めるための触媒として機能する、極めて抽象的かつ個人的な体験を提供するものと言えるのだ。
問1 この文章で筆者が最も重要だと考えている「現代アートの鑑賞における意義」は何か。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。
アインスタレーションや映像作品など、多様な形態の現代アートの具体的な技法や表現スタイルを学ぶこと。
イ作者が作品に込めた唯一絶対のメッセージや意図を正確に読み解き、その芸術性を評価すること。
ウ作品との対話を通じて鑑賞者自身の内部に問いや感情を喚起させ、自由な解釈によって自己の思考を深める体験を得ること。
エ奇抜で難解な現代アート作品を理解するために、専門的な美術史の知識や批評理論を習得すること。
解答・解説
1. 本文の分析:具体と抽象の区別
まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。
具体的な要素(現代アートの現象と鑑賞の戸惑い):
- 現代アートの奇抜な表現や難解さ。(具体的な印象)
- 鑑賞者の具体的な疑問:「これは何?」「作者の意図は?」。
- 多様な形態:インスタレーション、映像作品、パフォーマンスアート。(具体的なアートのジャンル)
- 伝統的な絵画や彫刻との比較:一目で技術や美しさが理解できるとは限らない。(具体的な対比)
- 作品の具体的な手がかり:素材、色彩、形態。
抽象的な要素(現代アートの真の価値と筆者の主張):
- 現代アートの価値は、作者の意図の正確な読解や具体的なメッセージの受容にあるのではない。(一般的な価値観の否定・抽象的な価値への導入)
- むしろ、鑑賞者自身の内部に生まれる「問いや感情、連想」こそが重要。(筆者の考える抽象的な価値の中心)
- 作品に自身の経験・知識・価値観を重ね、「自由な解釈や対話」を試みる「能動的で開かれた鑑賞のプロセス」自体が、固定観念を揺さぶり、新たな視点や思考の可能性を拓く。(鑑賞の抽象的なプロセスとその効果)
- 結論:現代アートとは、鑑賞者に「多様な解釈の自由」を与え、それを通じて「自己の内面と向き合い、思考を深めるための触媒」として機能する、極めて「抽象的かつ個人的な体験」を提供するもの。(筆者の最終的な主張・現代アートの抽象的な定義と役割)
構造のポイント:
筆者は、まず現代アートに対する具体的な戸惑いや印象、そして具体的な作品形態に触れます。「しかし」と転換し、その価値は具体的なメッセージの受容にあるのではなく、むしろ鑑賞者の内部で起こる抽象的なプロセス(問い、感情、連想、自由な解釈)にあると主張します。そして最終的に、現代アートを「多様な解釈の自由」を与え、「自己の内面と向き合い思考を深める触媒」という、高度に抽象的な役割を持つものとして定義しています。
2. 設問(問1)の解説
設問は「筆者が最も重要だと考えている『現代アートの鑑賞における意義』」を問うており、これは本文中で筆者が「むしろ~こそが重要なのである」や「つまり~なのである」といった形で提示している抽象的な本質・価値に対応します。
ア インスタレーションや映像作品など、多様な形態の現代アートの具体的な技法や表現スタイルを学ぶこと。
これらは現代アートの具体的な側面であり、筆者はこれらを手がかりとしつつも、その先にある鑑賞者の内的な体験(抽象)をより重視しています。
イ 作者が作品に込めた唯一絶対のメッセージや意図を正確に読み解き、その芸術性を評価すること。
筆者は「現代アートの価値は、必ずしも作者の唯一絶対の意図を正確に読み解くこと~にあるのではない」と明確に否定しています。これは筆者の抽象的な価値観と異なります。
ウ 作品との対話を通じて鑑賞者自身の内部に問いや感情を喚起させ、自由な解釈によって自己の思考を深める体験を得ること。
この選択肢は、筆者が「むしろ、作品と対峙する中で鑑賞者自身の内部に生まれる問いや感情、連想こそが重要なのである」「自由な解釈や対話を試みる。この能動的で開かれた鑑賞のプロセス自体が~新たな視点や思考の可能性を拓く」「自己の内面と向き合い、思考を深めるための触媒」と述べている抽象的な意義と完全に一致します。これが正解です。
エ 奇抜で難解な現代アート作品を理解するために、専門的な美術史の知識や批評理論を習得すること。
筆者は専門知識の必要性には触れておらず、むしろ鑑賞者自身の「経験や知識、価値観を重ね合わせる」という個人的で内面的なプロセス(抽象)を重視しています。この選択肢は、筆者の主張する「開かれた鑑賞」とは方向性が異なります。
3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか
「~ではない。むしろ~だ」の構造で抽象的本質へ:
筆者が具体的な現象や一般的な誤解を否定し、その後に「むしろ」と続けて本質的・抽象的な考えを提示するパターンは頻出します。
具体的な「モノ」や「行為」から抽象的な「体験」や「プロセス」へ:
現代アートの具体的な作品(モノ)や「鑑賞する」という行為から、筆者が「鑑賞のプロセス」「個人的な体験」といった抽象的な概念へと議論を深めている点に注目します。
筆者が定義する抽象的なキーワードの役割を理解する:
本文では「問いや感情、連想」「自由な解釈や対話」「能動的で開かれた鑑賞のプロセス」「多様な解釈の自由」「触媒」といった抽象的な言葉が、現代アートの意義を説明するために用いられています。
選択肢が具体的過ぎるか、筆者の抽象的主張と合致するか:
設問が「最も重要な意義」を問うている場合、具体的な作品形態や技法の学習を述べる選択肢よりも、それらを通じて得られる鑑賞者の内面的な変化や思考の深化といった抽象的な価値を述べる選択肢が正解となりやすいです。
具体的な芸術作品やその表現方法から、筆者がそれらを通じてどのような抽象的な精神活動や価値観の変容を促そうとしているのかを読み解くことが、芸術論の読解では重要になります。