現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別

なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?

評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。

読解で大切なのは、以下の点です。

  1. 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
  2. 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。

設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。

それでは、具体的な問題で見ていきましょう。

問題

次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。

人工知能(AI)が絵画を生成し、音楽を作曲し、さらには小説を執筆するといった具体的な事例が、近年相次いで報告されている。これらのAIによる創作物は、時に人間が生み出したものと見紛うほどの完成度を見せ、私たちに「創造性とは何か」という根源的な問いを突きつける。AIが過去の膨大なデータを学習し、それに基づいて新たなパターンを生成する能力は、確かに目覚ましい。しかし、これを人間の創造性と同一視することには慎重であるべきだ。人間の創造性は、単に既存の要素の新たな組み合わせや模倣に留まるものではない。それは、個人的な体験や感情、独自の死生観や世界観といった内面的な動機に深く根ざし、既存の枠組みを打ち破ろうとする意志的な飛躍や、未だ言葉にならない何かを表現しようとする切実な希求を伴うことが多い。AIが生み出す具体的な作品の評価とは別に、人間の創造性が持つこのような抽象的で多層的な深みを理解し、その価値を再認識することが、AI時代における人間性の探求にとって不可欠なのではないだろうか。AIを人間の創造性を拡張する道具として賢明に活用しつつも、人間ならではの創造性の源泉を見失ってはならない。

問1 この文章で筆者が最も重要だと考えていることは何か。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。

AIが生成する絵画や音楽、小説などの具体的な創作物の芸術的価値を正しく評価すること。

AIによる創作活動の進展を踏まえ、人間の創造性が持つ内面的動機や意志的飛躍といった抽象的で多層的な深みを再認識すること。

AIを人間の創造性を拡張するための具体的な道具として最大限に活用し、新たな芸術表現の可能性を追求すること。

AIが過去の膨大なデータを学習して新たなパターンを生成する具体的な能力が、人間の創造的能力を凌駕する可能性を認識すること。

解答・解説

正解:イ (←選択後に表示されます)

1. 本文の分析:具体と抽象の区別

まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。

具体的な要素(AIによる創作の現状):
  • AIによる創作の事例:絵画生成、音楽作曲、小説執筆。(具体的なAIの活動)
  • AI創作物の完成度:人間が生み出したものと見紛うほど。(具体的な評価)
  • AIの能力:過去の膨大データ学習、新パターン生成。(AIの具体的な仕組み)

抽象的な要素(人間の創造性の本質と筆者の主張):
  • AIによる創作は「創造性とは何か」という根源的な問いを突きつける。(抽象的な問題提起)
  • AIの能力を人間の創造性と同一視することには慎重であるべき。(筆者の基本的な立場・抽象的な注意喚起)
  • 人間の創造性の本質:単なる既存要素の組み合わせや模倣ではない。個人的体験・感情・死生観・世界観といった「内面的動機」、既存枠組みを破る「意志的飛躍」、未だ言葉にならないものを表現する「切実な希求」を伴う。(人間の創造性の抽象的な定義・要素)
  • AI作品の評価とは別に、人間の創造性が持つ「抽象的で多層的な深み」を理解し、その価値を再認識することが、AI時代の人間性探求に不可欠。(筆者の中心的な主張)
  • AIを道具として活用しつつも、「人間ならではの創造性の源泉」を見失ってはならない。(結論・抽象的な行動指針)

構造のポイント:

筆者は、まずAIによる具体的な創作事例とその能力を紹介します。「しかし」と転換し、それを人間の創造性と同一視することへの抽象的な懸念を示します。そして、人間の創造性の本質を「内面的動機」や「意志的飛躍」といった抽象的な要素で定義し、AIの具体的な作品評価とは別に、この人間の創造性の抽象的な深みと価値を再認識することの重要性を結論として訴えています。

2. 設問(問1)の解説

設問は「筆者が最も重要だと考えていること」を問うており、これは本文の抽象的な結論・主張部分に対応します。

ア AIが生成する絵画や音楽、小説などの具体的な創作物の芸術的価値を正しく評価すること。

筆者は「AIが生み出す具体的な作品の評価とは別に」と述べており、AI作品の具体的な評価そのものが最も重要な論点ではありません。それよりも人間の創造性の本質(抽象)に関心を向けています。

イ AIによる創作活動の進展を踏まえ、人間の創造性が持つ内面的動機や意志的飛躍といった抽象的で多層的な深みを再認識すること。

この選択肢は、筆者が「人間の創造性が持つこのような抽象的で多層的な深みを理解し、その価値を再認識することが~不可欠なのではないだろうか」と述べている抽象的な主張の核心と完全に一致します。「内面的動機」「意志的飛躍」「抽象的で多層的な深み」といったキーワードが筆者の論旨を的確に捉えています。これが正解です。

ウ AIを人間の創造性を拡張するための具体的な道具として最大限に活用し、新たな芸術表現の可能性を追求すること。

筆者は「AIを人間の創造性を拡張する道具として賢明に活用しつつも」と述べており、AIの具体的な活用を認めていますが、それ自体が「最も重要」なことではなく、その前提として「人間ならではの創造性の源泉を見失ってはならない」という抽象的な注意喚起をしています。この選択肢は、筆者の主張のバランスを見誤っています。

エ AIが過去の膨大なデータを学習して新たなパターンを生成する具体的な能力が、人間の創造的能力を凌駕する可能性を認識すること。

AIの具体的な能力の高さは本文で言及されていますが、筆者の主張の焦点はAIの能力評価ではなく、それと比較した際の人間の創造性の独自性(抽象)とその再認識です。AIが人間を凌駕するかどうかという議論は、本文の主旨からやや外れます。

3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか

具体的な「現象・事例」と抽象的な「本質・意義」の対比:

筆者はAIによる具体的な創作事例を提示し、それに対して人間の創造性の抽象的な本質や深みを対比的に論じています。この対比構造を理解することが重要です。

「単に~ではない」「~とは別に」といった限定・区別表現:

これらの表現は、筆者が具体的な側面や表面的な理解から一歩進んで、より本質的・抽象的な議論を展開しようとしているサインです。

筆者が定義する抽象的なキーワード(「内面的動機」「意志的飛躍」など):

人間の創造性を説明するために用いられるこれらの抽象的な言葉が、筆者の主張の核を形成しています。

選択肢が「具体的なAIの能力や作品」か「人間の創造性の抽象的価値」か:

設問が筆者の「最も重要だと考えていること」を問う場合、AIの具体的な能力や成果に関する選択肢よりも、それらを踏まえた上で筆者が強調する人間の創造性の本質や抽象的な価値に関する選択肢が正解となる可能性が高いです。

具体的な技術の進展という現象から、筆者が人間性や創造性といった抽象的な概念についてどのような考察を深めているのかを読み解くことが、現代社会とテクノロジーを論じる文章の読解では求められます。

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