現代文読解の秘訣:具体と抽象の区別
なぜ「具体と抽象の区別」が重要なのか?
評論文や論説文では、筆者はあるテーマに対する抽象的な主張や考えを読者に伝えようとします。しかし、抽象的な話だけでは理解が難しいため、具体的な事例やデータ、比喩などを用いて説明を補強します。
読解で大切なのは、以下の点です。
- 筆者の中心的なメッセージである「抽象的な主張」を見抜くこと。
- 「具体的な説明」が、どの「抽象的な主張」を裏付けるために用いられているのか、その関連性を理解すること。
設問の多くは、この「抽象的な主張」部分の理解度を問います。具体例に目を奪われすぎず、文章全体の構造の中で筆者の真意を掴むことが重要です。
それでは、具体的な問題で見ていきましょう。
問題
次の文章を読んで、後の問いに答えなさい。
都市の再開発は、老朽化した建物の建て替えやインフラ整備といった具体的な物理的変化を通じて、街の景観を一新し、経済活動の活性化や利便性の向上をもたらす。駅前に高層ビルが建ち並び、新たな商業施設が賑わいを見せる様は、まさに都市のダイナミズムを象徴する具体的な光景と言えるだろう。しかし、こうした再開発の影で、長年その土地に根ざしてきた地域コミュニティが変容を迫られ、時にはその存続自体が脅かされるという側面を見過ごしてはならない。昔ながらの商店街がシャッターを閉ざし、古くからの住民が立ち退きを余儀なくされ、新たな住民層との入れ替わりが進む中で、かつて存在した顔の見える人間関係や地域の絆といった無形の資産が失われつつある。筆者が問いたいのは、都市の再生とは単に物理的な空間の刷新や経済効率の追求(具体的な目標)のみを指すのか、ということだ。むしろ、その土地が持つ歴史や文化、そして何よりもそこに住まう人々の生活や記憶といった、目には見えないが確かに存在する共同体の価値(抽象的な価値)をいかに尊重し、未来へと継承していくかという視点こそが、真に豊かな都市再生を実現する上で不可欠なのではないだろうか。新しいものと古いものが共存し、多様な人々の帰属意識や愛着(抽象的な感情)が育まれる街づくりこそ、私たちが目指すべき姿である。
問1 この文章で筆者が最も重要だと考えている「都市再生」のあり方はどのようなものか。次の中から最も適切なものを一つ選びなさい。
ア老朽化した建物を効率的に建て替え、高層ビルや大規模商業施設を建設することで、都市の経済的価値を最大限に高めること。
イ再開発によって失われつつある昔ながらの商店街や古い建物を、文化財として厳格に保存し、現状維持に努めること。
ウ物理的な空間の刷新や経済効率の追求だけでなく、地域の歴史や文化、住民の生活や記憶といった無形の共同体的価値を尊重し、未来へ継承すること。
エ都市の景観を一新し、最新のインフラを整備することで、住民の利便性を向上させ、新しい住民を積極的に誘致すること。
解答・解説
1. 本文の分析:具体と抽象の区別
まず、本文を「抽象的な主張・考え」と「具体的な説明・事例」に分けてみましょう。
具体的な要素(都市再開発の現象と影響):
- 再開発の具体的な物理的変化:老朽建物の建て替え、インフラ整備、街の景観一新。
- 具体的な光景:駅前の高層ビル、賑わう新商業施設。
- 具体的な地域コミュニティへの負の影響:商店街のシャッター化、古くからの住民の立ち退き、住民層の入れ替わり。
- 具体的な目標例:物理的空間の刷新、経済効率の追求。
抽象的な要素(筆者の問題意識と主張):
- 再開発の影で、地域コミュニティが変容・存続の危機に瀕するという側面を見過ごしてはならない。(抽象的な問題提起)
- 失われる無形の資産:「顔の見える人間関係」「地域の絆」。(抽象的なコミュニティの価値)
- 筆者の問い:都市再生とは物理的刷新や経済効率追求(具体)のみか?
- むしろ、その土地の歴史・文化、住民の生活・記憶といった「目には見えないが確かに存在する共同体の価値(抽象的な価値)」を尊重し未来へ継承する視点が不可欠。(筆者の中心的な主張・抽象的な価値観)
- 新しいものと古いものが共存し、多様な人々の「帰属意識や愛着(抽象的な感情)」が育まれる街づくりが目指すべき姿。(結論・抽象的な理想像)
構造のポイント:
筆者は、まず都市再開発の具体的な物理的変化や経済的効果を提示します。「しかし」と転換し、その影で失われる具体的なコミュニティの姿と、それらが持つ「人間関係」や「絆」といった抽象的な無形資産に言及します。そして、「筆者が問いたいのは」と続け、再開発の目的を具体的な目標に限定することへの疑問を呈し、最終的に「共同体の価値」や「帰属意識・愛着」といった抽象的な価値を尊重し継承することの重要性を結論として訴えています。
2. 設問(問1)の解説
設問は「筆者が最も重要だと考えている『都市再生』のあり方」を問うており、これは本文の抽象的な結論・主張部分に対応します。
ア 老朽化した建物を効率的に建て替え、高層ビルや大規模商業施設を建設することで、都市の経済的価値を最大限に高めること。
これは筆者が「単に物理的な空間の刷新や経済効率の追求のみを指すのか」と疑問を呈している具体的な目標の一つであり、筆者が最も重要と考える抽象的な価値観とは異なります。
イ 再開発によって失われつつある昔ながらの商店街や古い建物を、文化財として厳格に保存し、現状維持に努めること。
筆者は「古いもの」の価値を認めていますが、「新しいものと古いものが共存し」と述べており、単なる現状維持や厳格な保存だけを主張しているわけではありません。これは具体的な対応の一つに過ぎず、筆者のより包括的で抽象的な理想とは異なります。
ウ 物理的な空間の刷新や経済効率の追求だけでなく、地域の歴史や文化、住民の生活や記憶といった無形の共同体的価値を尊重し、未来へ継承すること。
この選択肢は、筆者が「むしろ~視点こそが、真に豊かな都市再生を実現する上で不可欠なのではないだろうか」と述べている抽象的な主張の核心と完全に一致します。「物理的・経済的(具体)」だけでなく「無形の共同体的価値(抽象)」を尊重し「未来へ継承する(抽象的行動)」というバランスが筆者の論旨です。これが正解です。
エ 都市の景観を一新し、最新のインフラを整備することで、住民の利便性を向上させ、新しい住民を積極的に誘致すること。
これも再開発がもたらす具体的な効果の一つですが、筆者はこれだけでは不十分であり、既存の住民やコミュニティの抽象的な価値にも目を向けるべきだと主張しています。この選択肢は、筆者の主張の一側面に偏っています。
3. まとめ:読解で「具体と抽象」をどう意識するか
「しかし」「むしろ」「~こそが」などの転換・強調表現:
筆者が具体的な現象や一般的な見解から、より本質的・抽象的な主張へと議論を深める際に用いられます。これらの後に筆者の真意が表れることが多いです。
具体的な「物理的変化」と抽象的な「無形の価値」の対比:
再開発による建物の変化や経済効果(具体)と、それによって影響を受ける「地域の絆」や「住民の記憶」(抽象的な共同体の価値)を対比させ、筆者が後者をいかに重視しているかを読み取ります。
筆者が問いかける「~のか」という疑問の意図を汲む:
「都市の再生とは単に~のみを指すのか」という問いは、具体的な目標だけでは不十分であるという筆者の抽象的な問題意識を示唆しています。
選択肢が「具体的な側面」のみか、「抽象的な本質」まで含んでいるか:
設問が筆者の「最も重要だと考えているあり方」を問う場合、具体的な再開発の成果に言及するだけの選択肢よりも、それらを踏まえた上でより根本的・抽象的な価値観や理念を述べている選択肢が正解となる可能性が高いです。
具体的な都市の変化という目に見える事象の背後にある、人間や共同体にとっての抽象的な価値とは何かを筆者がどのように論じているかを捉えることが、都市論や社会論の読解では重要です。