「暗闇から現れる『むくつけき』人影や、飾り気のない武骨な振る舞いを想像してみてください」
📖 意味と用法
むくつけしは、ク活用の形容詞で、主に視覚的に感じる不気味さや、洗練されていない無骨な様子を表す言葉です。
- 気味が悪い、不気味だ、恐ろしい: 見た目が気味悪く、恐ろしいと感じる様子。物の怪や荒れ果てた場所などに使われます。
- 無骨だ、無風流だ、殺風景だ: 洗練されておらず、風情がない様子。主に人の振る舞いや物の様子に対して使われます。
文脈によって「恐ろしさ」のニュアンスか、「風情のなさ」のニュアンスかを区別することが大切です。
気味が悪い の例
むくつけき鬼の形したるもの出で来。(宇治拾遺物語)
(気味の悪い鬼の形をしたものが出て来た。)
無骨だ の例
山里のむくつけき丸木橋。(徒然草)
(山里の無骨な丸木橋。)
🕰️ 語源と歴史
「むくつけし」の語源は、「むく」という言葉に関連すると考えられています。「むく」は「毛がない」「皮がむけている」状態を指し、そこから「ありのまま」「飾り気がない」という意味に転じました。この「ありのまま」が、良い意味では「素朴」、悪い意味では「不気味」「無骨」と解釈され、「むくつけし」という言葉が生まれたとされます。
📝 活用形と派生語
「むくつけし」の活用(形容詞ク活用)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | むくつけく |
連用形 | むくつけく |
終止形 | むくつけし |
連体形 | むくつけき |
已然形 | むくつけけれ |
命令形 | (むくつけかれ) |
派生語
- むくつけさ (名詞) – 気味の悪さ、無骨さ。
🔄 類義語
↔️ 反対の概念
「気味が悪い」の反対は「美しい」「かわいらしい」、「無骨だ」の反対は「優雅だ」「洗練されている」などが考えられます。
🗣️ 実践的な例文(古文)
深き山の奥、むくつけき所にぞありける。(平家物語)
【訳】深い山の奥の、気味の悪い場所にあった。
武士のむくつけき様を見る。(徒然草)
【訳】武士の無骨な様子を見る。
ただ黒きもののむくつけく見ゆるあり。(源氏物語)
【訳】ただ黒いものが気味悪く見えるのがあった。
むくつけき石を並べたる庭なり。(方丈記)
【訳】無風流な石を並べた庭である。
よろづの虫の音、むくつけく聞こゆ。(和泉式部日記)
【訳】いろいろな虫の音が、気味悪く聞こえる。
📝 練習問題
傍線部の「むくつけし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. むくつけき人の、とみに会ひたる心地して、(後略)(大和物語)
解説:
正体不明の「人」に急に会ったという状況なので、「気味の悪い」人と会った気がした、と訳すのが適切です。
2. 遣戸を荒く開けたれば、いとむくつけし。(源氏物語)
解説:
引き戸を荒々しく開けるという振る舞いは、洗練されておらず風情がない、つまり「無風流だ」と評価されます。
3. 闇の夜に、むくつけくぞ鳴くなる。(古今著聞集)
解説:
暗闇で何かが鳴いている状況です。正体がわからない音は「気味悪く」聞こえる、と解釈するのが自然です。
4. むくつけきまでこそなけれ、荒れたる宿なり。(源氏物語)
解説:
「~までこそなけれ」は「~ほどではないが」の意。「気味悪いというほどではないが、荒れている家だ」という意味になります。
5. 狩衣の袖ひろげて、むくつけく見えたり。(今昔物語集)
解説:
狩衣の袖を広げている様子が、洗練されておらず「無骨に」見えた、という描写です。