「『せちに』願う心は、時に不可能を可能にし、『せちに』悲しい涙は、人の心を動かします」
📖 意味と用法
せちには、形容動詞「せちなり」の連用形で、副詞的に用いられます。「切」という漢字が示すように、思いが差し迫っている様子や、程度が極まっている様子を表します。
- ひたすら、しきりに、いちずに: ある一つのことに心を集中させ、繰り返し行う様子。「切に願う」のように、強い意志や願望を表すことが多いです。
- 非常に、はなはだしく、痛切に: 感情や状態の程度が極めて大きいことを示します。良い意味にも悪い意味にも使われます。「せちに悲し」「せちに美し」など。
- (下に打消の語を伴って)まったく、決して~ない: 強い否定を表します。「せちに~ず」の形で使われます。
文脈から、行動のひたむきさ(①)か、状態の甚だしさ(②)か、強い否定(③)かを判断します。
🕰️ 語源と歴史
「せちなり」の語源は、「急く(せく)」や「切」に関連すると考えられています。事態が差し迫っていること、気持ちが切実であることが元々の意味です。この「差し迫った」様子が、行動においては「ひたすらな」態度となり、状態においては「非常に」という程度の甚だしさを表すようになりました。
📝 関連語
「せちなり」の活用(形容動詞ナリ活用)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | せちなら |
連用形 | せちに / せちなり |
終止形 | せちなり |
連体形 | せちなる |
已然形 | せちなれ |
命令形 | せちなれ |
🔄 類義語
↔️ 反対の概念
「いい加減に」「ほどほどに」といった言葉が対照的です。
🗣️ 実践的な例文(古文)
せちに物を思へる気色なり。(源氏物語)
【訳】ひたすら物思いにふけっている様子である。
せちにあはれなりと見ゆ。(枕草子)
【訳】非常にしみじみと趣深いと思われる。
せちにこしらへても、とどむべくもあらず。(更級日記)
【訳】どんなにひたすら説得しても、引き留めることはできそうにない。
せちに忘るる時もなし。(和泉式部日記)
【訳】決して忘れる時もない。
せちなることありて、人のもとへ行く。(徒然草)
【訳】差し迫った用事があって、人のところへ行く。
📝 練習問題
傍線部の「せちに」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. せちに泣き給ふも、いと哀れなり。
解説:
泣くという行動を繰り返している様子なので、「しきりに」と訳すのが適切です。「ひたすら」も近い意味です。
2. 風の音、せちに恐ろし。
解説:
「恐ろし」という状態の程度を強調しているので、「非常に」恐ろしい、と訳します。
3. せちに申すべきことあり。
解説:
「ぜひとも」申し上げなければならないことがある、という意味です。「ひたすら」の用法から解釈します。
4. せちに思ふ心の、止む時もなし。
解説:
「切実に」思う気持ちが、やむ時もない、という文脈です。「ひたすら」と同義です。
5. せちに聞こえさせ給はぬも、いとつらし。
解説:
下に「~ぬ」という打消の語を伴っているので、「まったく」お聞き入れにならないのも、たいそうつらい、という強い否定の用法です。