「旅立つ我が子のことが『うしろめたし』。残してきた秘密が『うしろめたし』。どちらも、心にのしかかる重い影」
📖 意味と用法
うしろめたし は、ク活用の形容詞で、「後ろ」に何か気がかりなことがある状態を表します。
- 気がかりだ、心配だ、不安だ: 最も一般的な意味。後に残してきた人や物事、あるいは自分の将来など、目の届かないことについて心配する気持ちを表します。
- 後ろ暗い、やましい、気がとがめる: 自分の過去の行いや隠し事など、人に知られたくない事柄について、罪悪感や不安を感じる気持ちを表します。
心配の対象が、自分の管理外にある「未来や他者」のことなのか、それとも自分の管理下にあった「過去の行為」なのかで意味を判断します。
「気がかりだ」の例
うしろめたく、思ひわづらふこと、数知らず。(更級日記)
((将来のことなどが)気がかりで、思い悩むことは、数えきれない。)
「後ろ暗い」の例
うしろめたきことの、人の聞きつけたらむも、いとわろし。(枕草子)
(何か後ろ暗いことを、他人が聞きつけたようなのも、たいそう感じが悪い。)
📝 活用形
「うしろめたし」の活用(形容詞ク活用)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | うしろめたく(は) |
連用形 | うしろめたく / うしろめたう |
終止形 | うしろめたし |
連体形 | うしろめたき |
已然形 | うしろめたけれ |
命令形 | (うしろめたかれ) |
対義語
「後ろ」が気になるのに対し、「前」がはっきりしていて安心な状態を表す「うしろやすし」が対義語です。
- うしろやすし (形容詞) – 安心だ、心配がない
うしろやすく、頼もしげに見ゆる人。(源氏物語)
(安心で、頼もしい様子に見える人。)
📝 練習問題
傍線部の「うしろめたし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. 何事かうしろめたきことのあるにや。(源氏物語)
解説:
文脈によりますが、源氏物語では恋愛がらみの隠し事が多いことから、「何かやましいことがあるのだろうか」と解釈することも、「何か気がかりなことがあるのだろうか」と解釈することも可能です。ここでは、より広い意味の「気がかりな」が最も無難です。
2. うしろめたくて、とく帰る。(蜻蛉日記)
解説:
作者が外出先から早く帰る理由を述べています。家に残してきた子供や、夫の兼家のことなどが「心配で」、早く帰る、という意味です。①の用法です。
3. 盗人、うしろめたしと思ひて、帰りぬ。(宇治拾遺物語)
解説:
盗人が盗みに入ったものの、何か物音がして「やましい」と感じ、帰ってしまったという文脈です。自分の悪事が発覚することへの不安、つまり②の「後ろ暗い」気持ちを表します。
4. 世の中うしろめたく、人の言ふことも聞き入れられず。(源氏物語)
解説:
自分の将来や世の中の成り行きが「不安で」、人の言うことも耳に入らない、という浮舟の心境を描写しています。①の用法です。
5. 親のうしろめたく思ふもあり。(源氏物語)
解説:
親が、自分の子供の将来を「心配に」思うこともある、という意味です。後に残していく子供への気がかりを表しており、①の用法です。