「この世に『さうなき』美人、その弓の腕前もまた『さうなし』。ためらいなく射る矢は、的を外さない」
📖 意味と用法
さうなし は、ク活用の形容詞で、「左右なし」と書き、「二つとない」というのが原義です。そこから様々な意味に発展しました。
- 比類ない、またとない、すばらしい: 「二つとない」ことから、他に比べるものがないほど優れている、という意味。最高の賞賛を表します。
- ためらわない、無造作だ、決断が早い: あれこれ迷う(=左右を見る)ことがない、ということから、ためらいなく行動する様子を表します。
- たやすい、簡単だ: 迷う必要がないほど、物事が簡単であることを示します。
文脈から、賞賛しているのか、行動の様子を述べているのかを判断することが重要です。①の「比類ない」が最もよく使われます。
「比類ない」の例
さうなくおもしろきことどもなり。(徒然草)
(比類なく趣深いことどもである。)
「ためらわない」の例
さうなく馬を寄せ、…(平家物語)
(ためらわずに馬を寄せ、…)
📝 活用形
「さうなし」の活用(形容詞ク活用)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | さうなく(は) |
連用形 | さうなく / さうなう |
終止形 | さうなし |
連体形 | さうなき |
已然形 | さうなけれ |
命令形 | (さうなかれ) |
📝 練習問題
傍線部の「さうなし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. さうなき庖丁者なり。(宇治拾遺物語)
比類ない
ためらわない
たやすい
簡単な
解説:
「庖丁者(料理人)」を修飾しています。「比類ない」ほど腕の立つ料理人である、と賞賛している場面です。①の意味です。
2. さうなくて、ただ食ひに食ふ。(宇治拾遺物語)
比類なく
ためらうことなく
簡単に
すばらしく
解説:
食べるという行為の様子を述べています。「ためらうことなく」、ただひたすら食べる、という意味です。②の用法です。
3. さうなきことなれば、いともたやすし。(今昔物語集)
比類ない
ためらわない
たやすい
すばらしい
解説:
後の「いともたやすし(たいそう簡単だ)」という言葉がヒントです。「たやすい」ことなので、たいへん簡単だ、という意味になります。③の用法です。
4. さうなき筆の跡なり。(源氏物語)
比類ない
ためらわない
たやすい
簡単な
解説:
筆跡を評価しています。「比類ない」ほどすばらしい筆跡だ、という賞賛の言葉です。①の意味です。
5. さうなくうなづきて、(平家物語)
比類なく
簡単に
ためらうことなく
すばらしく
解説:
うなずくという行為の様子を述べています。「ためらうことなく」すぐにうなずいた、という意味です。②の用法です。