「『いやしき』身なればとて、心を卑しくするなかれ。身分は生まれ、心は己のもの」
📖 意味と用法
いやし は、シク活用の形容詞で、現代語の「卑しい」とほぼ同じ意味合いですが、特に古文では「身分」に関する意味が重要になります。
- 身分が低い、官位が低い: 最も重要な意味。貴族社会における社会的地位の低さを指します。
- みすぼらしい、貧弱だ、下品だ: 身分の低さに付随して、服装や住まいが貧相であることや、言動が下品であることを指します。
対義語である「あてなり(高貴だ)」や「やむごとなし(高貴だ)」とセットで覚えると、身分に関する語彙の理解が深まります。
「身分が低い」の例
いやしき人の子どもは、…(枕草子)
(身分の低い人の子どもは、…)
「みすぼらしい」の例
いやしき小舎に住み、(方丈記)
(みすぼらしい小屋に住み、)
📝 活用形
「いやし」の活用(形容詞シク活用)
活用形 | 語形 |
---|---|
未然形 | いやしく(は) |
連用形 | いやしく / いやしう |
終止形 | いやし |
連体形 | いやしき |
已然形 | いやしけれ |
命令形 | (いやしかれ) |
📝 練習問題
傍線部の「いやし」の現代語訳として最も適切なものを選んでください。
1. いやしき門よりぞ出で給ふ。(源氏物語)
みすぼらしい
身分の低い
下品な
貧しい
解説:
「門」という物について述べています。したがって、その門が「みすぼらしい」様子であることを指しています。
2. いやしき身なれば、…(伊勢物語)
みすぼらしい
身分が低い
下品な
貧しい
解説:
「身」は「身分」のことです。「身分が低い」ので、という意味になります。①の典型的な用法です。
3. いやしき言の葉を使ふべきにもあらず。(徒然草)
みすぼらしい
身分の低い
下品な
貧しい
解説:
「言の葉(言葉)」について述べています。したがって「下品な」言葉を使うべきではない、という意味になります。
4. いやしからぬ筋の者ども、(源氏物語)
みすぼらしくない
身分が低くない
下品でない
貧しくない
解説:
「筋の者」は「血筋の者」という意味です。打消の助動詞「ず」の古い形「ぬ」に続いているので、「身分が低くない」人々、つまり高貴な人々を指します。
5. いやしくとも、田舎の人は、心すなほなり。(徒然草)
みすぼらしくても
身分が低くても
下品でも
貧しくても
解説:
「田舎の人」について述べています。都会の人に比べて「身分が低くても」、心は素直である、という意味です。