『ファウスト』のカラフル対訳について
カラフル対訳で紹介している『ファウスト』は、パブリックドメインの作品を出典としています。
このサイトで使われている作品は、著作権の切れた名作などの全文を電子化し、インターネット上で公開している Project Gutenberg(プロジェクト・グーテンベルク)、 および朗読音声を公開している LibriVox(リブリヴォックス/朗読図書館) の作品を出典としています。
原文はProject Gutenberg、音声はLibriVoxで公開されているパブリックドメイン作品を出典としています。
『ファウスト』英文/和訳 Part 14 庭園・あずまや
ファウストとマルガレーテは庭で語り合います。マルガレーテは自分の身分や生活の素朴さを恥じますが、ファウストはその無垢さに強く惹かれます。一方、マルテはメフィストフェレスに再婚めいた話を持ちかけ、メフィストフェレスはそれを巧みにかわします。最後に二人はあずまやで急速に心を通わせます。
GARDEN. MARGARET on FAUST’S arm. MARTHA with MEPHISTOPHELES walking up and down.
庭園。マルガレーテはファウストの腕に寄り添っている。マルテはメフィストフェレスと一緒に行き来している。
I feel it, you but spare my ignorance, The gentleman to shame me stoops thus low.
わかっています。あなたは私の無知を大目に見てくださっているだけです。紳士であるあなたが、私を恥じ入らせるほど低く身をかがめてくださっているのです。
A traveller from complaisance, Still makes the best of things.
旅慣れた方は、親切な気づかいから、どんなことでもよいように受け取ってくださるものです。
I know Too well, my humble prattle never can Have power to entertain so wise a man.
私にはよくわかっています。私のつまらないおしゃべりなど、あなたのように賢い方を楽しませる力はありません。
One glance, one word from thee doth charm me more, Than the world’s wisdom or the sage’s lore.
君の一つのまなざし、一つの言葉は、世界の知恵や賢者の学識よりも、私を深く魅了する。
He kisses her hand.
ファウストはマルガレーテの手に口づけする。
Nay! trouble not yourself! A hand so coarse, So rude as mine, how can you kiss!
いえ、そんなことをなさらないでください。私のように荒れて粗い手に、どうして口づけなどできるのでしょう。
What constant work at home must I not do perforce! My mother too exacting is.
家では、どれほど絶え間なく仕事をしなければならないことか。母はとても細かいのです。
They pass on.
二人は歩いていく。
Thus, sir, unceasing travel is your lot?
では、あなたは絶えず旅をしていらっしゃるのですね。
Traffic and duty urge us! With what pain Are we compelled to leave full many a spot.
商いと務めが私たちを駆り立てるのです。多くの場所を去らねばならないのは、なんとつらいことか。
Where yet we dare not once remain!
しかも、そこに一度としてとどまることもできないのです。
In youth’s wild years, with vigour crown’d, ‘Tis not amiss thus through the world to sweep.
若く力に満ちた荒々しい年月なら、そうして世界を駆けめぐるのも悪くはありません。
But ah, the evil days come round! And to a lonely grave as bachelor to creep.
けれど、ああ、つらい日々は巡ってきます。そして独身のまま、寂しい墓へ這っていくことになるのです。
A pleasant thing has no one found.
それを楽しいことだと思う人など、誰もいません。
The prospect fills me with dismay.
その見通しには、私も恐れを感じます。
Therefore in time, dear sir, reflect, I pray.
ですから、今のうちに考えてください、どうか。
They pass on.
二人は歩いていく。
Ay, out of sight is out of mind! Politeness easy is to you.
ええ、見えなくなれば忘れられるものです。あなたにとって礼儀正しくするのは簡単なことでしょう。
Friends everywhere, and not a few, Wiser than I am, you will find.
どこにでも友人がいて、しかも少なくないでしょう。私より賢い人も、きっとたくさん見つかるはずです。
O dearest, trust me, what doth pass for sense Full oft is self-conceit and blindness!
愛しい人よ、信じてくれ。世間で分別と呼ばれているものは、しばしば思い上がりと盲目にすぎないのだ。
How?
どういうことでしょう。
Simplicity and holy innocence,— When will ye learn your hallow’ed worth to know!
素朴さと聖なる無垢よ。君たちはいつ、自分たちの神聖な価値を知るようになるのだろう。
Ah, when will meekness and humility, Kind and all-bounteous nature’s loftiest dower—
ああ、慎みと謙虚さは、親切で惜しみなく与える自然の最も高い贈り物なのに。
Only one little moment think of me! To think of you I shall have many an hour.
ほんの少しの間だけ、私のことを思い出してください。私はあなたのことを考える時間を、たくさん持つでしょうから。
You are perhaps much alone?
君はおそらく、一人でいることが多いのか。
Yes, small our household is, I own, Yet must I see to it.
はい、うちは小さな家族です。でも、私がその面倒を見なければなりません。
No maid we keep, And I must cook, sew, knit, and Sweep.
女中はいません。だから私は料理をし、縫い物をし、編み物をし、掃除もしなければなりません。
Still early on my feet and late; My mother is in all things, great and small, So accurate!
朝早くから夜遅くまで動き回っています。母は大きなことにも小さなことにも、とてもきっちりしているのです。
Not that for thrift there is such pressing need; Than others we might make more show indeed.
倹約しなければならない差し迫った必要があるわけではありません。他の家より、もう少し見栄えよく暮らすこともできるのです。
My father left behind a small estate, A house and garden near the city-wall.
父は小さな財産を残してくれました。町の城壁の近くに、家と庭があります。
But fairly quiet now my days, I own; As soldier is my brother gone.
でも今の暮らしは、かなり静かです。兄は兵士として出ていますから。
My little sister’s dead; the babe to rear Occasion’d me some care and fond annoy.
小さな妹は亡くなりました。その子を育てるのは、私にとって少し手間のかかる、けれど愛しい苦労でした。
But I would go through all again with joy, The darling was to me so dear.
でも、私は喜んでもう一度すべてを経験するでしょう。あの子は私にとって、それほど愛しい存在でした。
An angel, sweet, if it resembled thee!
もし君に似ていたなら、その子は天使だったに違いない、愛しい人よ。
I reared it up, and it grew fond of me.
私がその子を育てました。そしてその子は私になついてくれました。
After my father’s death it saw the day; We gave my mother up for lost.
父が亡くなったあと、その子は生まれました。母のことは、もう助からないと思っていました。
She lay In such a wretched plight, and then at length So very slowly she regained her strength.
母はとてもひどい状態で寝ていました。そしてようやく、本当にゆっくりと力を取り戻したのです。
Weak as she was, ‘twas vain for her to try Herself to suckle the poor babe.
母はとても弱っていたので、自分でそのかわいそうな赤ん坊に乳を飲ませようとしても無理でした。
So I Reared it on milk and water all alone; And thus the child became as ‘twere my own.
だから私が一人で、牛乳と水で育てました。そうしてその子は、まるで私の子どものようになったのです。
Within my arms it stretched itself and grew, And smiling, nestled in my bosom too.
私の腕の中で、その子は手足を伸ばして育ち、微笑みながら私の胸に寄り添いました。
Doubtless the purest happiness was thine.
きっと、それは君にとって最も清らかな幸福だったのだろう。
But many weary hours, in sooth, were also mine.
でも本当は、疲れる時間もたくさんありました。
At night its little cradle stood Close to my bed; so was I wide awake If it but stirred.
夜には、その小さな揺りかごを私のベッドのすぐそばに置いていました。だからその子が少しでも動けば、私はすぐに目を覚ましたのです。
One while I was obliged to give it food, Or to my arms the darling take.
ときには食べ物を与えなければならず、ときにはその愛しい子を腕に抱かなければなりませんでした。
From bed full oft must rise, whene’er its cry I heard, And, dancing it, must pace the chamber to and fro.
泣き声を聞くたびに、何度もベッドから起き上がり、抱いてあやしながら部屋を行ったり来たりしなければなりませんでした。
Stand at the wash-tub early; forthwith go To market, and then mind the cooking too.
朝早くから洗い桶の前に立ち、それからすぐ市場へ行き、さらに料理のことも気にしなければなりません。
To-morrow like to-day, the whole year through.
明日も今日と同じこと。その繰り返しが一年中続くのです。
Ah, sir, thus living, it must be confessed One’s spirits are not always of the best.
ああ、こういう暮らしをしていると、正直なところ、いつも気分がよいわけではありません。
Yet it a relish gives to food and rest.
それでも、そのおかげで食事と休息には味わいが生まれるのです。
They pass on.
二人は歩いていく。
Poor women! we are badly off, I own; A bachelor’s conversion’s hard, indeed!
女というものは哀れです。本当に不利な立場にあります。独身男を改心させるのは、実に難しいものです。
Madam, with one like you it rests alone, To tutor me a better course to lead.
奥様、あなたのような方にこそ、私をよりよい道へ導く力があります。
Speak frankly, sir, none is there you have met? Has your heart ne’er attach’d itself as yet?
正直に言ってください。これまで誰にも出会わなかったのですか。あなたの心はまだ誰にも結びついたことがないのですか。
One’s own fire-side and a good wife are gold And pearls of price, so says the proverb old.
自分の炉辺とよい妻は黄金であり、貴重な真珠である。古いことわざはそう言っています。
I mean, has passion never stirred your breast?
私が言いたいのは、あなたの胸を恋情が揺さぶったことはないのか、ということです。
I’ve everywhere been well received, I own.
正直に言えば、私はどこでもよく歓迎されてきました。
Yet hath your heart no earnest preference known?
それでも、あなたの心は本気で誰かを特別に思ったことがないのですか。
With ladies one should ne’er presume to jest.
ご婦人方を相手に、軽々しく冗談を言うものではありません。
Ah! you mistake!
ああ、あなたは誤解しています。
I’m sorry I’m so blind! But this I know—that you are very kind.
私がこんなに鈍くて申し訳ありません。しかし、これだけはわかります。あなたはとても親切なお方です。
They pass on.
二人は歩いていく。
Me, little angel, didst thou recognise, When in the garden first I came?
小さな天使よ、私が最初に庭へ来たとき、君は私に気づいていたのか。
Did you not see it? I cast down my eyes.
わかりませんでしたか。私は目を伏せたのです。
Thou dost forgive my boldness, dost not blame The liberty I took that day.
君は私の大胆さを許してくれるのだね。あの日、私が勝手に近づいたことを責めないのだね。
When thou from church didst lately wend thy way?
君が教会から帰ってきた、あの日のことだ。
I was confused. So had it never been; No one of me could any evil say.
私は戸惑っていました。あんなことは初めてでした。これまで誰も私のことを悪く言うことはできませんでした。
Alas, thought I, he doubtless in thy mien, Something unmaidenly or bold hath seen?
ああ、私は思いました。きっとこの人は、私の物腰に、乙女らしくないところや大胆なところを見たのではないか、と。
It seemed as if it struck him suddenly, Here’s just a girl with whom one may make free!
まるで突然そう思ったように見えたのです。この娘なら気安くしてもよい、と。
Yet I must own that then I scarcely knew What in your favour here began at once to plead.
それでも正直に言えば、そのときすでに何かが、あなたのために私の中で弁護を始めていたのです。
Yet I was angry with myself indeed, That I more angry could not feel with you.
それでも私は、自分自身に腹を立てていました。あなたに対してもっと怒れなかったからです。
Sweet love!
愛しい人よ。
Just wait awhile!
ちょっと待ってください。
She gathers a star-flower and plucks off the leaves one after another.
マルガレーテは星形の花を摘み、花びらを一枚ずつむしっていく。
A nosegay may that be?
それは花束なのか。
No! It is but a game.
いいえ。ただの遊びです。
How?
どんな遊びだい。
Go, you’ll laugh at me!
いやです。あなたは私を笑うでしょう。
She plucks off the leaves and murmurs to herself.
彼女は花びらをむしりながら、ひとりごとのようにつぶやく。
What murmurest thou?
何をつぶやいているのだ。
He loves me—loves me not.
あの人は私を愛している。愛していない。
Sweet angel, with thy face of heavenly bliss!
天上の幸福をたたえた顔の、愛しい天使よ。
He loves me—not—he loves me—not—
あの人は私を愛している。愛していない。愛している。愛していない。
Plucking off the last leaf with fond joy.
彼女は愛しい喜びを浮かべ、最後の花びらをむしる。
He loves me!
あの人は私を愛している。
Yes! And this flower-language, darling, let it be, A heavenly oracle!
そうだ。そしてこの花の言葉を、愛しい人よ、天の神託としよう。
He loveth thee! Know’st thou the meaning of, He loveth thee?
彼は君を愛している。その意味がわかるかい。「彼は君を愛している」という言葉の意味が。
He seizes both her hands.
ファウストは彼女の両手をつかむ。
I tremble so!
私、こんなに震えています。
Nay! Do not tremble, love! Let this hand-pressure, let this glance reveal.
いや、震えないで、愛しい人よ。この手の圧し、このまなざしに語らせてくれ。
Feelings, all power of speech above; To give oneself up wholly and to feel A joy that must eternal prove!
言葉の力を超えた感情を。自分を完全に委ね、永遠のものとなるに違いない喜びを感じることを。
Eternal!—Yes, its end would be despair. No end!—It cannot end!
永遠だ。そう、その終わりは絶望でしかない。終わりなどない。終わるはずがない。
MARGARET presses his hand, extricates herself, and runs away.
マルガレーテは彼の手を握り、自分の身をほどいて走り去る。
He stands a moment in thought, and then follows her.
ファウストはしばらく物思いに沈んで立ち、それから彼女を追う。
Night’s closing.
夜が近づいています。
Yes, we’ll presently away.
ええ、まもなく帰りましょう。
I would entreat you longer yet to stay.
もう少し長くいていただきたいのですが。
But ‘tis a wicked place, just here about; It is as if the folk had nothing else to do.
でも、このあたりはよくない場所です。人々はほかにすることが何もないかのようなのです。
Nothing to think of too, But gaping watch their neighbours, who goes in and out.
考えることもなく、ただ口を開けて隣人を見張り、誰が出入りするかを眺めているのです。
And scandal‘s busy still, do whatsoe’er one may.
そして何をしても、悪口はいつも忙しく働いています。
And our young couple?
それで、若いお二人は。
They have flown up there. The wanton butterflies!
あちらへ飛んでいきましたよ。浮かれた蝶々たちです。
He seems to take to her.
彼はあの子を気に入っているようですね。
And she to him.
そして彼女も彼を気に入っています。
‘Tis of the world the way!
これが世の中の流れというものです。
A SUMMER-HOUSE.
あずまや。
MARGARET runs in, hides behind the door, holds the tip of her finger to her lip, and peeps through the crevice.
マルガレーテは走って入り、扉の後ろに隠れ、指先を唇に当てて、隙間からのぞく。
He comes!
あの人が来るわ。
Ah, little rogue, so thou Think’st to provoke me! I have caught thee now!
ああ、小さないたずら者め。私をじらそうというのだね。今つかまえたぞ。
He kisses her.
ファウストは彼女に口づけする。
Dearest of men! I love thee from my heart!
誰よりも愛しい人。私は心からあなたを愛しています。
Embracing him, and returning the kiss.
彼女はファウストを抱きしめ、口づけを返す。
MEPHISTOPHELES knocks.
メフィストフェレスがノックする。
Who’s there?
どなたですか。
MEPHISTOPHELES!
メフィストフェレスだ。
A friend!
友人です。
A brute!
獣め。
Ay, it is late, good sir.
ええ、もう遅い時間ですよ、旦那様。
Mayn’t I attend you, then?
では、私が送っていってはいけないのか。
Oh no—my mother would—adieu, adieu!
いいえ。母がきっと。さようなら、さようなら。
And must I really then take leave of you? Farewell!
では本当に君と別れなければならないのか。さようなら。
Good-bye!
ごきげんよう。
Ere long to meet again!
すぐにまたお会いしましょう。
Exeunt FAUST and MEPHISTOPHELES.
ファウストとメフィストフェレス退場。
Good heavens! how all things far and near Must fill his mind,—a man like this!
ああ、なんてことでしょう。あのような方の心には、遠くのことも近くのことも、あらゆるものが満ちているのでしょう。
Abash’d before him I appear, And say to all things only, yes.
あの方の前では私は恥じ入ってしまい、何に対してもただ「はい」と言うだけになってしまいます。
Poor simple child, I cannot see, What ‘tis that he can find in me.
哀れで素朴な子どもである私には、あの方が私の中に何を見つけてくださったのか、わかりません。
Exit.
マルガレーテ退場。
